大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和42年(ワ)672号 判決 1969年7月01日

原告 河村悦夫

被告 荏原実業株式会社

主文

(一)  原被告間に雇傭契約関係の存在することを確認する。

(二)  被告は、原告に対して金一、一五七、八九六円を支払え。

(三)  訴訟費用は、被告の負担とする。

(四)  この判決は、第(二)項に限り仮りに執行することができる。

申  立

原告の求めた裁判

主文と同じ。

被告の求めた裁判

請求棄却、訴訟費用原告負担。

主  張

原告の請求原因

(一)  原告は、昭和三五年八月一日被告会社に雇傭された。

(二)  昭和四一年七月一一日、被告会社の川辺管理課長は、原告を懲戒解雇する旨の発言を行い、さらに、被告会社は、同年八月一日原告を同年七月一二日付で解雇する旨の辞令書を交付した。

(三)  しかしながら、右解雇は、労働組合の書記長である原告の組合活動を嫌悪してなした差別取扱であつて、不当労働行為として無効である。

(四)  本件解雇当時の原告の過去三ケ月間の平均賃金は、一ケ月金三五、八二六円である。

(五)  よつて、原告は、本訴において雇傭関係の存在確認と、昭和四一年七月一二日から本件口頭弁論終結の日である昭和四四年四月二四日までの未払賃金合計金一、一五七、八九六円の支払を求める。

被告の答弁

(一)  原告の請求原因第(一)項の事実は認める。

(二)  同第(二)項の事実は認める。

(三)  同第(三)項の事実のうち原告が労働組合の書記長であることは認めるが、その余の事実は否認する。

被告会社が原告を解雇したのは、原告に昭和四一年七月九日頃掲示板の用法違反の行為があり、同月一一日この点に関する川辺管理課長の職務上の指示命令に不当に反抗し、翌一二日も川辺管理課長の説得に反抗的態度を表明したので、同年八月一日に同年七月一二日付で普通解雇したものであつて、何等不当労働行為に該当しない。

(四)  同第(四)項の事実は認める。

(五)  同第(五)項は争う。

証  拠<省略>

判  断

原告は、昭和三五年八月一日被告会社に雇傭されたが、昭和四一年七月一一日、被告会社の川辺管理課長から懲戒解雇する旨を言い渡され、さらに同年八月一日、被告会社から同年七月一二日付で普通解雇する旨の辞令書の交付を受けたことは、当事者間に争いがない。

そこで、解雇の効力について検討する。

成立に争いのない甲第七号証、乙第五号証、第八号証、第一三号証、第二一号証、原告本人の供述によつて原告が組合掲示板に掲示したものと認める甲第一、二号証及び川辺管理課長が会社食堂に掲示したものを原告が書き写したものと認める甲第三号証、証人今野藤夫の証言によつて真正の成立の認められる乙第六号証及び第九号証、第一一、一二号証、証人小林政公の証言によつて真正の成立の認められる乙第七号証、証人小林政公・今野藤夫の各証言、いずれも後記信用できない部分を除く証人川辺明の証言及び原告本人の供述の各一部に、弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

原告は、昭和四〇年二月頃被告会社内の従業員の中から同志を集めて、全国金属下丸子支部の分会を結成し、その中心となつて組合活動を行つて来たが、当時は未だ非公然の組織に過ぎなかつた。

右の動きとは別に、小林政公、今野藤夫、土屋正等を中心としたグループがあり、同人等は、昭和四〇年四月一七日頃職場大会を開催して、従業員の苦情や不平不満を正式に会社に要求する一つの機関を作ることを提案したところ、原告等のグループもこれに合流して労働組合を結成することになつたが、その組合の方針として、自主独立を基本として外部の干渉をなるべく受けないようにすると共に、斗争激発的な主義はとらないことにするというのが大多数の意見であつた。

同年四月二九日結成大会が開催され、その席上で、正式に委員長に小林政公・副委員長に今野藤夫・書記長に原告が選任され、ここに、荏原実業嶺町工場労働組合(以下「嶺町労組」という。)の成立を見るに至り、嶺町労組の発足に従い、全金下丸子支部の分会はいつとはなしに消滅して行つた。

昭和四〇年一一月頃、嶺町労組は、五ないし一〇項目の要求を掲げた労働協約の締結を申し入れたところ、被告会社は、四十数ケ条にのぼる協約草案を作成して反対提案を行つたので、以後は、会社案を基本として協約案の審議を進めて行つた。

会社案の第一条第二項には、「尚組合は他の外部団体に加入しない。」との条項が置かれていたので、組合側はこれに相当反撥を示した結果、双方で妥協し、「今次労働協約締結に当り、本文第一条の内、会社提案『尚組合は、他の外部団体に加入しない。』を削除した経緯は、交渉席上組合側の希望を了とし、会社は、組合が『社内的な自主運営の組合として外部団体に加入しないことを前提として組織された経緯を将来に亘つても継続する。』との態度を確認したものである。」との「議事経過」と題する書面を相互に交換して、会社案の第一条第二項を削除したこともあつた。

又、組合掲示板及び掲示物の取扱について、会社案では、「第八条組合の掲示板は会社の認める一定の場所にこれを設置することができる。掲示板の掲示事項は左の各号に限るものとし、会社の信用失墜・個人の名誉毀損・職場の秩序紊乱を招くと認められるような事項又は事実無根その他之を歪曲した事項は掲示しない。一、組合の各種集会に関する事項、二、組合の選挙・役員の任免異動に関する事項、三、組合の教育・文化・体育・厚生娯楽・親睦に関する事項、四、その他予め会社の許可を得た事項、第九条、前条の掲示板以外の会社施設に掲示を行おうとする場合、又は会社施設内で放送・演説等を行おうとする場合、若しくは会社施設内で文書を配布しようとする場合は、何れも事前に会社の許可を受け、或いは届出なければならない。前項によらないで掲示ポスターをなした場合、会社は組合に撤去することを通告し、又は自ら撤去することがある。」となつていたところ、協約締結交渉が会社側のペースで進行した関係もあつて、組合側は、第八条及び第九条を会社案どおり承認するに至つた。しかし会社側としては、嶺町労組の作成した文書以外の文書が会社内に持ち込まれること等を非常に警戒して第八条第九条の提案をしたものであつたため、さらに組合側に対し、第八条の運用に関して、外部の者の作成した文書等を組合掲示板に掲示する場合には、同条第四項によつて予め会社の許可を受けることを要求すると共に、掲示物全部について責任者の所在を明確にすることと、その方法として、委員長その他責任の地位にあるもののサイン又は捺印をすることをも求めた。組合側は、当初「それでは困る。」と反対していたが、結局はその申出を承諾し、昭和四〇年一二月一五日頃、全面的に会社側の要求を受け容れてしまつたものであるが、この第八条の協議については相当の時間が費されたのであつた。しかし、この点については、議事確認書等で文書化まではなされなかつた。

このようにして、逐条審議の末、昭和四〇年一二月二四日正式に労働協約の締結を見、以後組合掲示板には委員長その他の各部の部長のサイン又は押印のある掲示物が掲示されるようになつたが、外部で作成されたものとしては、せいぜい労働金庫のポスターとか、昭和四一年二月頃からは東京都で発行している東京労働新聞が掲示されるぐらいのものであり、それも組合代議員会の了解を受けた上でのことであつた。なお、原告としては、三役で相談の上、総評傘下の大田区労協に依頼して、無料で区労協ニユースの配布を受けていたけれども、代議員会では、区労協ニユース自体を掲示板に掲示することを承認しなかつたので、東京労働新聞はそのまま掲示したにも拘らず、区労協ニユースについては、必要と思われる部分だけを原告が抜粋して、これを組合掲示板に掲示していた。

昭和四一年七月初め頃、原告のところへ送られて来た区労協ニユースの中に、「労働者市民の皆様に訴える!!」と題する全相銀連静岡相互銀行従業員組合等名義のビラ(甲第一号証)と、「日本航空経営者の怖るべき組合弾圧」と題する日本航空労働組合等名義のビラ(甲第二号証)が入つていた。原告は、嶺町労組の機関の討議に計ることなく、又勿論被告会社の許可を受けることもなく、書記長としての独自の判断で、その頃これを組合掲示板に掲示した。

同月九日、何時ものように工場内を巡視していた川辺管理課長がこれを発見し、嶺町労組の副委員長である今野藤夫を呼びつけて、「組合掲示板に協約違反と思われるビラが貼つてあるが、あれは組合が掲示したのか。」と尋ねた。当時小林政公委員長は怪我で会社を休んでおり、その代行をしていた今野藤夫は、一度組合掲示板のところにそれを確認して帰つた上、「自分の知らないものである。」と返事をした。川辺管理課長は、「組合の責任者が知らないようでは困る。もつと明確な返事をして貰いたい。」と発言したため、今野藤夫は、「よく実情を調べた上で返事をする。」と答えてから、原告のいる場所に行つてその点を確かめたところ、原告が自分が貼つたものであることを認めたので、その旨川辺管理課長に返答した。すると、川辺管理課長は、「そうすると、協約に違反するビラであるということになるから、剥ぎ取つて貰いたい。」と要求するに至つた。そこで、再び原告のいるところへとつてかえつた副委員長の今野藤夫は、「労働協約に違反する疑があるからはがすように。」と原告に要求したけれども、原告は、「協約に違反するものではない。」と言つて、そのビラをはがすことを拒否し最後には、「自分が貼つたものであるから、自分が責任を取る。」とまで断言するに至つたため、今野藤夫もこれをはがすことを断念し、川辺管理課長のところに帰つて、原告とのやりとりの要旨を告げ、結論として、「あのビラの貼付は、原告が個人的に行つたものであつて嶺町労組とは無関係のものであり、原告も自分が責任を持つと言つているから、会社の方でしかるべく処理して下さい。組合としてはこの件については一切関知しません。」と告げて仕事先に出かけてしまつた。

翌七月一〇日が日曜日となつていたので、一一日の月曜日の午後五時過ぎ頃、川辺管理課長は、原告を工場応接室に呼び、工場長・副工場長・管理課長代理等の列席する中で、種々問答を重ねた上、本件のビラの貼付は労働協約に違反するものであるからはぎ取るように要求したのに対し、原告は、「組合の掲示板問題についていちいち会社から干渉を受ける筋合のものではない。」と反論して容易に会社側の要求に応じようとしなかつたので、川辺管理課長は、さらに「業務上の命令として、君にビラの撤去を命ずる。」と発言したので、原告は、憤然として、「冗談ではない。そんなことをいちいちあなたに命令される筋のものではない。そのくらいのこともあなたにはわからないのか。」と反撥するに至つた。そこで、川辺管理課長は、「君がわしの業務上の指示命令に従わないということになれば、責任を追及することになるぞ。」と発言すると、原告が腕を組んだまま「どんな責任か聞こうじやないか。」と開き直られたため、川辺管理課長は、「君の行為は就業規則違反であり、上司に対する反抗行為であるから懲戒解雇する。」と宣言した。原告も相当興奮して、「そんな無茶なことはない。断呼斗う。」とこぶしをかためてテーブルを叩いたりしたので、川辺管理課長は、さらに追いかけて、「明日からお前は出てこんでよい。」と発言したため、原告は荒々しく応接室を出て行つてしまつた。後に残つた工場長始め会社側の職制は、原告は、もはや会社の従業員としての適格性がないという点について、意見の一致を見た。

同日夜九時頃、嶺町労組の組合員で原告の友人である橋口・渡辺の両名が会社工場の事務室に川辺管理課長を訪ねて来て、「原告も、今頃は悪かつたと思つて反省しているに違いないし、自分達も何とかして忠告をするから、寛大な処置をして貰いたい。」旨懇請したので、川辺管理課長も、「原告が反省するのであれば、事を荒立てる意思はない。」と返事をした。その夜、右両者は、原告方を訪れたが原告に会うことができず、その旨を川辺管理課長に報告しておいた。

翌一二日の朝八時頃、川辺管理課長は、橋口・渡辺の両名を呼び、原告の説得方を依頼している丁度その時、原告が、何か書いてある大きなビラを持ち、組合掲示板のところへ上つて行つてそれを貼ろうとするのを発見したので(組合掲示板は二階食堂の前にある。)、橋口・渡辺の両名がその方にかけつけて原告を説得した結果、原告も持つて来たビラを貼ることはせず、却つて、先日貼付したビラ二枚も自らの手で剥ぎ取るに至つた。そこで、川辺管理課長は、原告を呼び寄せ、反省をしたかどうかを尋ねたところ、原告は、「冗談じやない。俺のやつたことに反省する必要はない。ビラを剥いだのは、組合の機関決定を受けていなかつたからであつて、会社に対して悪かつたなどとは毛頭考えてはいない。むしろ会社の方で俺に謝るべきだ。しかし、特に詫びなくても良い。」と発言したので、川辺管理課長は、憤然として、即刻原告に対して部屋からの退去を命じた。そうして、同日頃、川辺管理課長は、嶺町工場の食堂前に「原告が単独行為によつて組合用掲示板を乱用したので、再三撤去を命じたにもかかわらず、業務上の指示命令に不当に反抗したので、職務秩序維持の経営責任上次の処分を宣告した。従業員の皆さんも、徒らに真相も弁えず、動揺することのないよう行動されたい。なお原告は、懲戒解雇処分により本日以降従業員としての身分を失つておりますので、工場施設内への立入りを禁じております。」という趣旨の「通知」と題する掲示を、七月一二日付で工場担当重役代理管理課長名義で貼り出した。

嶺町労組は、同日(一二日)代議員会を開いて原告の件について討議した結果、懲戒解雇反対の意向を打ち出し、翌一三日会社に対して要望書を提出し、「懲戒解雇については、本人の将来を御考慮下さる様要望いたします。」との趣旨の申入をしたものの、同日中原告の出席を遠慮してもらつた上で再び代議員会を開催し、原告の問題について協議を重ねたが最終的な結論が出ないまま、さらに翌一四日臨時組合大会を開催し、その席上原告を統制違反があつたとして除名処分にする旨の決議を採択すると共に、後任書記長を選任し、その旨を翌一五日被告会社に通告するに至つた。

被告会社は、川辺管理課長が懲戒解雇の発言をした翌日の七月一二日以降、原告の就労を拒否すると共に、原告に対し、自己都合による退職申出をするように持ち掛けていたが、原告が容易に応じなかつたため、同年八月一日になり、七月一二日付で普通解雇する旨の辞令書を原告に手交した上、予告手当と退職金を郵送したけれども、七月一二日から八月一日までの賃金の支払はしなかつた。

右認定に反する甲第八号証、乙第一七号証の各記載部分、証人川辺明の証言、原告本人の供述は信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

とすると、川辺管理課長の行つた「懲戒解雇する。」旨の発言は、工場長や副工場長等被告会社嶺町工場の最高責任者達のいる席上でのことであり、発言直後、同人等は、原告が被告会社の従業員としては不適格であるとする点において一致しており、その頃川辺管理課長は、一二日付の書面で原告を懲戒解雇した旨の掲示を行い、その後八月一日の辞令書交付までの間、被告会社では原告を従業員として取り扱う意思はなくて、その就労を拒否しており、唯何とかして任意退職に持つて行こうと骨折つただけであると共に、七月一二日以降八月一日までの賃金の支払をしなかつたのは勿論、八月一日の辞令書も七月一二日に遡及させている点等から徴すれば、仮りに川辺管理課長に解雇を決定する権限がなかつたと考えるのを相当とするとしても、被告会社は、八月一日の辞令書交付を以て川辺管理課長の懲戒解雇の意思表示を普通解雇に変更して事後承認したものであるとみるのが相当である。しかして、懲戒解雇の意思表示は、解雇の意思表示たる点において普通解雇の意思表示と径庭はないのであるから、右事後承認は、川辺管理課長の解雇の意思表示を追認したものといえる。結局原告としては、七月一一日に解雇されたものであると見るのが相当である。

ところで、被告会社と嶺町労組間の労働協約第八条第三号には、組合の教育に関する掲示物は、会社の許可を受けないで組合が自由に掲示できることになつているのは前判示のとおりであり、本件のビラ二枚は、一応組合の教育に関するものであると見ることができるけれども、前記認定の事実関係からすれば、元来、被告会社が協約第八条のような提案をし、さらにその運用についてまで制限しようとしたのは、外部からのビラ等が会社間に持ち込まれるのを極端に警戒したがためであつて、そのために組合に対し外部のビラ等を組合掲示板に掲示する場合には会社の許可を要求すると同時に、その実行を期する意味において責任者の所在を明確にすることを求め、その方法として委員長や各部長等掲示責任者の署名捺印することまで要求したものであつて、第八条第三号にいう「組合の教育に関する事項」とは、本件では、嶺町労組が作成した嶺町労組の組合員の教育のための文書との意味に限定して理解すべきものであつたと見なければならない。従つて、嶺町労組としては、被告会社との労働協約及びその運用に関する合意により、外部において作成された文書を組合掲示板に掲示する場合には、それが所属組合員の教育啓蒙に関係する文書であつても、予め、会社の許可を受けると共に、掲示物に責任者の署名押印をなすべき義務を負担していたものであり、原告の本件ビラ二枚の貼付行為は、形式上一応右の義務に違反するものであつて、労働協約及びその運用に関する合意と牴触するものであつたといわなければならない。

ところで、組合自身が、組合員の総意に基いて、組合掲示板に掲示すべきものを自己規制し、その種類・内容・範囲等を制限することは許されるものというべきである。また、使用者が組合に対して会社構内に組合掲示板の設置を承認した場合に、使用者と組合間で掲示できるものの範囲等を制限し、それを掲示する場合に予め会社の許可にかからせる合意をすること自体、検閲の禁止・言論表現の自由ないし労使対等の原則上から相当問題のあるところではある。思うに、会社が組合に対し会社の施設内に掲示板の設置を承認し、組合にこれを利用する利益を与える場合、その掲示に関して何らかの制限をつける契約の効力の問題は、これを一般的に論ずれば、憲法の人権規定が私法上の契約に直接適用されるか、或いに憲法の人権規定に関する事項についての私法上の契約は、民法第九〇条等の私法規定を通じて、右契約が憲法によつて定立した公序に反するかどうかを検討してその効力が定まるものであるとするいわゆる間接的適用説に立つて論ずべきかの問題である。

当裁判所は、間接的適用説を正当とするけれども、この場合、言論・表現の自由、団結権・団体行動権を私法上の契約で制限し得るか、というような抽象的一般的な議論は意味をなさないのである。というのは、人権規定によつて保証されている各権利・自由の沿革、本質、機能はそれぞれ異るものであり、当該私法上の契約に至つては千差万別であるからである。といつても、憲法的法秩序と私的自治の衝突であるこの問題について一定の型を設定し得ないものでもない。そこで、いま、会社からの利益供与である組合掲示板の利用について、組合活動における言論・表現の自由は、会社と組合の契約によつて制限することができるかという問題について考えると、組合と会社の自由な意思に基く契約によつて一定の制限を設けることは、一般的に契約自由原則の支配する範囲に属するものと解するのが相当である。しかしながら、この場合においても、右契約によつて言論・表現の自由ないし勤労者の団結権・団体行動権が不当に侵害されないことは、国家の公序に関することであるから、何らの合理的理由もなく、これらの権利・自由を著しく侵害する場合はそのような契約は、公序に反して無効となるであろう。本件についてこれを見るに、前認定のとおり、嶺町労組の方針としては、自主独立を基本として外部の干渉をなるべく受けないようにすると同時に、斗争激発的な主義はとらないとするのが組合員大多数の意向であつたものであつて、組合掲示板の掲示に関して会社の許可にかからせたのも、外部において作成されたものを対象としたものであり(一般に、外部で出される文書には無責任なものの多いことは、経験の教えるところである。)、又、協約第八条に関する合意の段階で、会社側が組合に対して違法な圧力を加えたと認めるに足りる資料は存在しないと共に、本件合意は、本来会社から組合に対する利益供与に関するものであるのみならず、内容的には、協約第八条は、会社や個人の信用名誉を毀損し、又は職場秩序の紊乱を招く事項、或いは、事実無根ないし事実を歪曲した事項は掲示しないことを大前提とし、嶺町労組の作成した掲示物については会社の許可を要しないことを原則とした上で、唯単に、外部において作成されたものについてだけ会社の許可を要求したものであつて、その制限自体それ程過大なものであるとは言うことができない。そうして右第八条は、外部において作成されたものについても、右の大前提の適用があり、これに違反しないものである限り、組合の教育等に必要ないし参考となると認められるものについては、会社は原則として掲示の許可を与えるべきであるとの文意であると読むのが相当である。とすると、本件において、外部において作成されたものを組合掲示板に掲示するについて会社の許可にかからせたことは、一応嶺町労組の言論表現の自由を制限するものではあるけれども、これを制限するにはそれ相当の理由があり、その制限もそれ程大きなものではなく、合理的な範囲内に限定されていると共に、嶺町労組と被告会社間の自由な意思に基いたものと見ることができるから、嶺町労組と被告会社間の協約第八条ないしその解釈運用に関する合意は、有効なものであるといわなければならない。なお、掲示物に掲示責任者の署名押印を要求する旨の契約も有効なものであることは、右説示の趣旨から明らかであろう、のみならず、そのような契約をすることは、必ずしも基本的人権に関する公序とは直接のかかわり合いすら持つものではないとの考え方も成立する余地があるのであつて、いずれにせよそのような契約は有効であるといえる。

とすると、原告の本件ビラ二枚の貼付行為は、協約違反の違法なものというべきところ、甲第七号証の組合規約上、書記長は、会計を除く一切の組合業務を担当することとなつており、前認定のとおり、原告自身もずつと組合掲示板への掲示を行つて来たものであつて見れば、書記長も右協約ないしその運用に関する合意にいわゆる掲示責任者たり得ることは、当然であるというべきであるから、原告が本件二枚のビラを貼付したことは、その書記長としての地位に基いてなしたものであり、その行為は、組合自身の行為、又は、それが組合の意思に反していたとしても少くとも組合のためにする行為に該当すると見るべきであると同時に、元来、会社は、組合掲示板への掲示物の掲示ないし剥ぎ取りに関して直接的に介入する権限を有しないものと解すべきであるから(労働協約第九条によつて、会社が自ら剥ぎ取ることのできるのは、組合掲示板以外の場所に掲示されたものについてだけである。)、被告会社が、嶺町労組に対し、協約違反を理由として、本件ビラ二枚の剥ぎ取り方を要求することはできても、これを剥ぎ取らないことを理由として、これを貼付した原告個人に対し、業務命令をもつて剥ぎ取り方を命ずることは許されないものというべきであり、その命令に服従せずにその剥ぎ取りに応じなかつたとしても、その者に対して就業規則違反ないしは反抗行為ありとして責任を追及し得べき性質のものではないのである。被告会社としては、嶺町労組に対し、協約違反を理由として掲示板の設置許可という利益の供与を撤回すれば十分であり、又その限度に止まるべきである(勿論、それによつて損害が生じた場合には、組合に対してその損害の賠償も請求できよう。)。従つて、被告会社としては、嶺町労組に対して本件ビラ二枚の撤去方を要求すれば足り、その要求を受けた嶺町労組がそのビラを撤去すべきである。そして、本件のように、原告が組合の機関決定を得ないで貼付したビラであるならば、組合は、原告に対してその剥ぎ取り方を命ずることができると共に、原告がこれに応じなかつた場合には、組合において自由に撤去するのも許されるものというべきであるから当時委員長の職務を代行していた今野副委員長は、その要求に反して原告がビラ二枚の剥ぎ取りを拒否した段階で、自らこれを剥ぎ取ることができた筈であつて、被告会社に対し、嶺町労組は関知しないから、会社において、従業員としての地位に基いて原告を処遇してもらいたいと言明したことは、適正妥当な処置であつたということはできない。

仮りに、原告個人に対してその責任を追及し得るにしても、組合から、外部で作成された掲示物について掲示の許可を求めて来た場合、協約第八条及びその運用に関する合意が有効であるという理由により、その内容の如何に拘らず、その許可を与えるか与えないかの選択権が会社の恣意に任されていると解すべきではなく、そこには自ら合理的な限界があり、例えば、その掲示物が事実無根ないし著しく事実を歪曲した事項ないし会社や個人の信用名誉を毀損すると認められるものについては、会社としても、当然にその許可を拒否することができるけれども、そうでないものについては、組合活動ないし組合員の教育・啓蒙等に関して必要ないし参考となると考えられる以上、原則として掲示を許可すべきものであつて、これを拒否することは許されないものであり、若し、後者に属する掲示物について許可を与えないということは、即ち許可権の濫用となり、ひいては組合に対する支配介入ともなつて不当労働行為を構成する場合の生ずることも否定することができない。本件において、原告が貼付したビラ二枚は、事実無根ないし著しく事実を歪曲した事項ないし会社や個人の信用名誉を毀損するものであるとは見ることができず、却つて、組合員の教育・啓蒙に関しては、或る程度参考となるものと認めることができるから、事前に、嶺町労組より掲示の許可を求めて来たとしたならば、被告会社としても当然にその許可を与えるべき性質のものであつたといわなければならない。従つて、本件ビラ二枚の掲示手続が協約に違反するものであつたとしても、被告会社が、業務命令をもつて原告に対してその剥ぎ取り方を命じたのは、必ずしも違法とはいえないけれども、いささか大げさ過ぎたきらいがあり、その業務命令に違反したからと言つて、直ちに解雇にまで及んだことは、事案の性質上、極めて相当性を欠くものであつたと評価するのが相当である。

以上判示のとおりであるとすれば、なる程、原告の言動の中に穏当を欠く発言ないし態度があつたとしても、それは、被告会社が業務上の指示命令を発し得ない場合であるにも拘らず、これを命じたことに端を発したものであるのみならず、原告の言動が純粋に従業員としての立場から出でたものであると見るよりも、組合書記長としての立場でのものであつたと見得る余地がある以上ビラ剥ぎ取りの拒否ないしその際の言動をもつて、業務上の指示命令違反・上司に対する反抗行為として解雇することは許されないものというべきである。仮りに原告に対して個人責任を追及し得るにしても、その解雇は極めて相当性を欠くものと見るべきである以上、他に何等解雇を相当とするに足りる事由のない本件においては、原告に帰責さるべきでない事由をもつてなされた解雇であつて、権利の濫用に該当し無効であるといわなければならない。尤も、原告は、本件解雇は不当労働行為に該当して無効であると主張するが、前記認定のとおり、被告会社としては、原告の組合掲示板へのビラ貼りという組合活動自体を取り上げて解雇したのではなく、原告が被告会社からビラの剥ぎ取りを命ぜられてこれを拒否し、その際の言動が上司に対する反抗行為に該当するとして解雇したものであると共に、嶺町労組も、原告の行為は組合とは無関係であると表明しているものであつて見れば、本件解雇が直ちに不当労働行為を構成するかどうかは速断できないけれども、不当労働行為なるものも、権利濫用の一態様であり、不当労働行為の主張がある場合に、裁判所が、権利濫用として判断することも当然許されるものと解するのが相当である。

右のように、原告に対する解雇が無効である以上、被告会社は、昭和四一年七月一二日から本件口頭弁論終結の昭和四四年四月二四日までの未払賃金合計金一、一五七、八九六円(原告の賃金が一ケ月金三五、八二六円であることは当事者間に争いがない。なお、賃金は、昭和四四年四月一一日までの三三ケ月分と、同月一二日から同月二四日までの一三日分を一ケ月三〇日として日割計算し、合計金一、一九七、七八二円六〇銭を得たが、請求金額はその範囲内のものである。)の支払義務を負担していることとなる。

よつて、原告の本訴請求は、雇傭関係の存在確認並びに賃金支払の各請求とも理由があり、いずれも正当として認容すべきであるから、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西山要 吉永順作 瀬戸正義)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例